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2019-05-23

何があっても大丈夫!を身につける 大人のヨガとキッズヨガ

今年度の小学生のキッズヨガ講座がはじまりました。

はじめましての小学1年生から5年生までの子どもたちと一緒にヨガをしました。

音楽に合わせてウォームアップしたり、動物に変身したり、友達と一緒に新しいポーズを作ってみたり、、、大人のヨガクラスからは想像できないほど自由で想定外の出来事だらけのキッズヨガの現場ですが、実は目指していることは大人も子どもも同じです。

「何があっても大丈夫な心と身体を育むこと。」

何があっても大丈夫、というのは、人よりすごいとか、要領よく振る舞うとか、保険みたいなものではなくて、自分の中に確かな自信を築くことだと思います。それは、普段は不確かで弱々しいものであったとしても、最後の最後で、自分を信じることができる力です。

先日、「空海に学ぶ仏教入門〜やさしい心を育てるチベットの知恵」という講座でお話を伺った吉村均先生は、

「いじめをなくしましょう、というのは到底無理な話で、大人の世界でもいじめはありますし、見えないところで起きることもあります。でも、いじめられたとしても、それによって命を落とすことをしないで済むようにすることはできるのではないか。そのことに一番役に立つのが仏教(お釈迦様が説いた昔ながらの仏教の考え方)だと思います。」と話しておられました。

悩みと思われる事象を消すこと、なくすことはできないけれど、それを感じとる自分の心の在り方を変えることはできる。

ヨガ哲学でも共通の認識があります。

わたしが指導者養成講座でお世話になった石井三郎先生は、人間関係の悩みに対して、「人を変えるより自分が変わる方が楽だし、早いよ。それでもダメなら、距離と時間を置くこと。」とよくおっしゃっていました。

わたし自身も、ムムムッと立ち止まってしまう事が起きる度に、この言葉を思い出して、そのとき、わたしが嫌だと感じる人の態度や出来事に対して、「そう来たかっ!今回のわたしの思い込みやこだわりを捨てるポイントはどこかな?」と発想を転換して楽しむようにしてきました。

また、自分では太刀打ちできない状況に対して「一旦逃げることもあり。」という態度を通して、後から深く学ぶことも多々あります。

こういったことは、知識として頭で理解するだけでは不十分で、実践して身につけることが必要です。

日常生活でしっかり身につけていく人もたくさんいらっしゃいます。自分の生き方に責任を持って、人に対して優しく、その人がいると明るい気持ちになる、素敵だな、真似したいな、と思う人にわたしも出会ってきました。でも、多くの人は、自分が決めてしまった「ものの見方」を変えることは、とても難しいと感じるはずです。また、抵抗があるものだと思います。

不安だらけで、頭でっかちに人や物事をコントロールしようとしていた過去のわたしもその一人でしたが、ヨガの練習を通して「問題や不安はわたし自身が作っていたことなのかもしれない。」と気づきました。

「このままだと、悩み事が一つ無くなっても、次々新しい不安が押し寄せてくる気がする。そんな風に年を重ねるのは嫌だから、わたしが変わらなきゃ!」と本気で思ったときに、ヨガを続けられる環境が整いました。

すみません。自分の話に熱くなってしまいました。。。

外側に向かっていた意識を内側に向けてみること。

ではどうやって「心の在り方」を変えることができるか、という方法論について、5000年前から続くヨガの考え方、そして前述のお釈迦様の唱えた仏教はこのように示しました。

「わ〜、地味!無理!」と思うかもしれませんが、身体という思うようにいかないものを感じ、無意識にしていた呼吸に意識を向ける集中力は、ヨガや瞑想の練習で身につきます。

そして、大変なとき、切羽詰まったときに、自分はその事象をどんな風に感じているか、とっさにどんな行動を取ってしまうかを知って、自分の弱みさえ愛しく感じることができたとき、今までこびりついていた不安や焦燥感、怒りがふっと消えていることに気づくはずです。

大人と子どもでは心身の発達が違うので、アプローチの方法が自ずと変わってきますが、繰り返し行うと、幸せを感じる小さな芽が出ることが、ヨガの魅力かもしれません。何より、その人自ら気づき、得られることが自信になります。

今日は、運動会前の暑い日の午後でしたが、子どもたちは元気いっぱい身体を動かして、素敵な表情にたくさん出会うことができました。今年度ものびのびと身体を動かし、ときどき、ばかばかしいくらいみんなで無邪気になれる時間を作っていけたらと思います。

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